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もう隠し事をしても仕方がないのだが、およそ15年くらい前、日本では革命が起きていた。今の政局からすれば、たった今は別の、革命同然の事が起きているとあえて主張してみるが、そこは皆グッと口を閉ざしているようにも見えるのはなぜだろう。 その昔、とある青年が〜と勿体ぶらなくても私の事なのだが、私はあの秋葉原通り魔の奴と同い年だから当時は25歳ぐらいだったか。いわゆるロスジェネ後期のヤバい連中の仲間で、とはいえ交友関係もボロボロだったので一切"つるむ"事はなかった。(今でもSNSだけが私と盟友たちを繋ぐ事ができる、唯一の命綱だったと私は宣言するようにしている。) 皆は怒りに満ちた声を上げているが、聞く耳を持つ者は誰も居なかった。(「SNSは便所の裏書きだ!」だとか「バカのためのメディアだ!」と放言されるのが既定路線である。) 私が哲学ばかりに傾倒するのは、たんに知恵を使う必要があったまでだ。現在でもその名残りがあるのだが、私は昔はまるで皇帝を気取っていた。嘘ではない(笑) 皇帝と言っても暴走族のヘッドみたいなもんで、しかも同世代の連中は交友関係がボロボロ過ぎて"つるむ事がない"のであり、その無理筋をSNSを使って無理矢理通した。と言っていいのかもしれないが、軌道に乗ってからは破竹の勢いだった。 そこのオタクと波長を合わせるようにして、SNSをすっかり占領した。文句は一切言わせなかった。一言でも文句を言えば、何をしでかすか分からないだろ?といえば、暴力的とさえ言えるが、オタクはそもそも暴力的ではない人の集まりなので語弊は多分ある。気狂いは私1人で十分だった。 大事な仲間もできた。"彼女"というか、あるSNSサービスの営業さんも、こうした一見ヘンテコな話を真摯に受け止めた1人だった。(SNS社会とは正しくこの話がヘンテコな話として受容されなくなる事で達成され得るだろうが) そんな彼女が突然「ガンガンいこうぜ→いのちをだいじに」という訳の分からないエントリーをし始めた時に、既に狂い始めていたのかもしれない。破竹の勢いに水をさすようで、止められはしなかった。 彼女はSNSで学歴が話題になった時に(今でも定期だが)自身が中卒だった事を明かした人物でもある。表裏のなさと勘の良さは右に出る者は1人も居ないと思うのだが、秋葉原通り魔事件があったのはそのわずか後の事だった。

2024/03/05 00:30:52

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