残響散歌

(〈コード〉および〈モード〉という語は本来はカント哲学由来である。という主張を当欄の主は曲げないが、カントは「んなもん、時と場合による。」という当たり前の主張を広めただけだ。という見解は浅はかだと言わざるを得ない。この、〈適用範囲が広過ぎて本来の意味がサッパリ分からない不思議な語〉によって現代は駆動されていくのだが、広義としては"チームプレー"と"スタンドプレー"の双方の理を取るための二律背反なロジックではあろう。) ・いつも思うんだけど...。この内容ってミニ四駆に必要ある???\(//∇//)\ 事の顛末は倒錯もええとこや。「哲学するのにミニ四駆が必要だった。」方が正しい。哲学は言語ゲームなのか?というのは言い過ぎだが、言わば「言葉を使った模型」だ。模型だから単独では成立し得ないし、雛形は必ず存在する。他人に物事を説明するのにも使える。というのが前回の話だったりするが、同じく模型が題材とされる。というのは珍しいと言える。 ・えー?( ̄▽ ̄)なんでよ? こうして持論を展開するために、常に、または既に起こった事象を参照する。というのがまぁ普通だしリアリズムだと言える。だがそこにはもう目標がないんじゃないかとも思う。 ハイパーリアリズムというか、真理だよなぁ。哲学の最果ては。カントも、アインシュタインだってその世界に行った人だから、もう全然次元が違うというか。 こう、ゲームとかSNSとかChatGPTだとかシュミレーターだけで完結する世の中は別に否定しないさ。ただ奴等が居る場所はもっとずっと先だったに違いない。バカみたいに単純な話が「あるべきものがあるべき場所に収まる」だけで良いのよ。 むしろ子供の頃はみんな知ってた事実だったんじゃねーか?ロビンソン・クルーソーの冒険記というよりそれはハイパーリアリズムの果てだったと。 大人になって目が霞んで随分と回り道をしたが、遂に最初の地平に戻ってきた。 ・何だか最終回みたいなまとめ方しているけど大丈夫?( ̄▽ ̄) まぁ、ディープでドープな話が続いたしなぁ。でも全然序の口(笑)ほら、アレコレ言ってる内に2号機がロールアウトしたぜ。

2023/12/04 23:36:48

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  • VT-2 "MURAKUMO"

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