(ネタバレ注意2)

(前回に引き続き...。というか、フィクションか実在かは神のみぞ知る。という奴で、J・J・ルソーの『新エロイーズ』の中世末期感が...以下略) ・ホワイダニット???よね。何を言い出したかと思えば( ̄▽ ̄) ああ。ミニ四駆は真っ直ぐ前にしか走らない。そんな一途な所が愛すべきところだろうが、なぜそれが美徳なのか?だ。今更考えてもみればだが。 ・そんな事に答えなんてあるわけ???_:(´ཀ`」 ∠):流石に哲学だわー。 ある。お前さんは確かSNSサービスの営業さんか何かだったろう?ではアレは?『シンギュラリティは近い』って奴。 ・コンピュータの知の総和が人類知の総和を越える時代...。だったわよね?猫も杓子もシンギュラリティなのは今もでしょ? そのようだね。では、その「人類知の総和」はどんな形状か?って分かる?これ実は古代の哲学から既に話題になってたの。形而上学って奴。 ・形状とか形而上学とか言われてもねー(*´-`) まぁ、代表的な例に民主主義があるが、それは「知の総和はベクトル」という解釈な訳さ。進むべき方向を話し合って決める。そして単一なベクトルだから当然真っ直ぐに進むのが良しとされる。 ・言われてみればそうね。 これが近代以降においては一般的な考え方だったし、現在でもそうだとして、シンギュラリティってなんだよ?って。これは単に知の1つ1つを粒子のように捉えていて、その外延量(クウォンタム)の事を言う。だが、知性に質量なんてあるのか?というのが問題だ。 ・シンギュラリティって2045年に起こるとされているけれど、どうやって算出したのかしら? さぁ?でも単純にコンピュータの計算速度は指数関数的に向上しているからという理屈でウィルスのような増殖モデルを組んだのだろう。こういった考え方は現代思想ではよくあるモデルだ。 ・他にもあるのかしら? 1番古いのは天球モデルさ。オリジナルの『形而上学』では不動の動者といって「その中心は誰か?」がよく議論になる。古くはそれが神だったし、皇帝だった。 ・ここで描いていたお伽話よね? でもなぜか完全に否定されず温存されている。天皇もローマ法皇も世間の常識も陰謀論もね。つまり形而上学は現代においても完全移行はされず、3形態がパラレルになっている。お伽話とはその形態が意図的にズラされているだけだとしたら。

2023/09/30 23:21:21

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